<2024年1月 子どもの部の様子>

 

中3の女の子が1人参加してくれました。

この日は午前中は、雑談をしたり、ピアノやギターを弾いて過ごしました。

午後からは、戦国大名の大谷吉継が好きとのことで、岐阜の関ケ原古戦場記念館に行ってきました。

僕自身も、昔は高校で社会の教員もしていたので、大谷吉継の話でも盛り上がりました。

関ヶ原はうちの寺子屋からも、意外と近いので(三重県の最北端なのでほぼ岐阜です^^;)

生徒は好きすぎて過去2回行ったことがあると行っていましたが、松葉は初めてだったので、逆に色々生徒に教えてもらいながら、初めての体験にワクワクしました^^

特に合戦の中にいるような、体感型の映像技術(椅子から風が出たり)大きなスクーリーンでの映像には圧巻でした。

 

その後、大谷吉継さんのお墓へお参りに行きました。

町中から、脇道にそれ、かなり山の奥へ。

山道が続きます。こんな山奥にあるんだというくらい歩きました。

 

 

 

大谷吉継さんは、白い布で顔を覆っている武将で、ハンセン病だったという説があります。

石田三成との友情の話が有名です。茶会での出来事で、大谷吉継が口を付けたあと、他の武将は茶碗に口を付けることを嫌がり、ほとんどの者が、茶碗に口を付けたふりをして、次に回したと言われています。

しかし、石田三成だけは茶碗を受け取ると、そのままいつもと同じように飲み干しました。大谷吉継が口を付けたあとの茶碗には膿が浮いていたとも言われていますが、石田三成は気に留める様子もなく飲み、おかわりを要求したとも伝えられています。

 

関ヶ原の戦いでは、石田三成側の西軍として、徳川家康側の東軍と戦いました。

 

 

 

当時の武将たちは、どちらの側につくかかなり悩んでいたのではないかと思うのですが、石田軍の西軍についていた小早川が、戦いの中、西軍の徳川家康側に寝返ったことで、戦局は大きく傾き、この小早川軍の裏切りを読んでいた大谷吉継は、小早川軍を抑え込むものの、最後には破れ切腹します。

 

また、そのその大谷吉継の首を、藤堂仁右衛門が狙いますが、大谷吉継に仕えていた湯浅五助は、ハンセン病の大谷吉継の顔を、晒さないように約束させ、東堂もその思いに打たれ、「御意」と約束しました。

 

この辺りは、人としての思いやりというか、こんな戦国の時代でも、人を動かすのは心なのだなと感じるエピソードです。

 

山奥にひっそりと、この大谷吉継さんと、湯浅五助さんのお墓がありました。

 

その思いやりの部分、自分もこれから出会う人に使っていけるよう、思いを込めて参らせていただきました。

 

たまには、こういったお出かけも良いですね^^

 

<2024年 1月 大人の部の様子>

昨年の年末も鍋で終わりましたが、新年会も兼ねて、鍋で皆で語り合いました。

 

 

普段の悩みや、アホな話をしたり楽しかったです。

特に、心に残ったのが、頑張らない練習をしていくという話。
僕たちは普段、無理にかなり頑張っていますからね。いかに頑張らない練習をしていくかは、これから自分らしく生きていく上でとても大事なことです。
もう一つは、自分の恥ずかしいと思う部分ももっと出していくと、統合するということ。
自分で抑えて否定してる部分も、もっと人に出していくと意外と共感されたり、受け入れられたりします。
本当の自分を出すことの大切さですね。それを、皆と語り合って気づかされたなと思います。

 

久しぶりに、5人で集まり、18時から始まったのですが、話が盛り上がり、終わったのが深夜の1時過ぎでした。

大笑いもして、良い時間でした。ありがとうございました^^

 

 

<2月の様子>

 

子どもの部

 

この日は、中学生の男の子2名、女の子1名参加でした。

みんなで人狼をして盛り上がりました。

 

この日は誕生日会もしました。ケーキ美味しくいただきました^^

 

午後からはみんなで公園に行きました。

だいぶ背も伸びたよね〜^^

 

 

 

みんなで追いかけっこしたり、ブランコしたり、走り幅跳びして楽しみました。

 

 

 

大人の部

松葉の作曲して手の悩んでる部分を皆に意見もらいました。選択に後押ししてもらえて悩みもスッキリしました^^

あとは、これまで行ったみんなのオススメのお店(美味しかった飲食店)の話で盛り上がったり、これからの仕事のこと、最近の近況報告を行いました!

 

22:30までたくさん話しました^^